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2016年12月11日日曜日

『ゲンロンβ9』

『ゲンロン』、そして『ゲンロンβ』と続いてきた連載の最終回が収録されています。最終回は「POST-TRUTH」とメディア・リテラシーの限界について論じています。この言葉は、2016年を代表する英単語として、イギリスのオックスフォード大学出版局が選んだものです。「BREXIT」、トランプ、日本に引き寄せれば、衆参両院で改憲派≒脱原発派が3分の2を獲得することになり、しかし脱原発派市長が関係自治体で選出されたりと、民意と政治、社会の関係が取り沙汰された一年だったということです。ぼくの仕事でいえば、ひとまず発信者(『メディアと自民党』『マーケティング化する民主主義』)と、ジャーナリズムの現代化(一連の『Journalism』誌掲載論文等)となりますが、この問題の難しさを従来のメディアリテラシー論の限界と絡めて論じたものが連載最終回といえそうです。

2016年9月6日火曜日

ゲンロンのメルマガ最新号『ゲンロンβ5』に「 日常の政治と非日常の政治 #4 18歳の投票率から振り返る政治教育の課題」が掲載されています。

東浩紀さん率いるゲンロンのメルマガ『ゲンロンβ5』に、『ゲンロン』から引っ越しした(ちょっとややこしい…)連載「日常の政治と非日常の政治」最新号を掲載しています。参院選の投票率から政治教育の課題を振り返っています。いつの間にかAmazonで各号独立して購入できるようになった模様ですので、手に取りやすくなったのではないでしょうか。いま、ちょうど次号の構成中です。

日常の政治と非日常の政治 #4 18歳の投票率から振り返る政治教育の課題 西田亮介

2016年5月2日月曜日

「2016年参院選と現実味を帯びる憲法改正」@『ゲンロン』2号



『ゲンロン』の2号刊行にあたって、連載「日常の政治と非日常の政治」も更新されました。今回は「2016年参院選と現実味を帯びる憲法改正」という題目です。『ゲンロン』誌は思想地図時代より、批評誌として専門性を増したいっぽうで、関心の間口が狭くなったというか少々敷居が高くなったようにも感じます。

西田亮介,2016,「2016年参院選と現実味を帯びる憲法改正」『ゲンロン』2: 280-3.