東京藝術大学が授業料の値上げを発表した。先行した東京工業大学に次いで2例目である。
東京藝大、19年度から授業料20%値上げ 標準額上回るも「優秀な芸術家育てる」- ITmedia ビジネスオンライン
以下、東京藝大のサイトからの引用である。
2019年度入学学生から授業料を9万9600円引き上げ63万5400円にする東京工業大とほぼ同内容といえる。なぜ、いま国立大学の授業料値上げが相次ぐのか。要するに、多くの国立大学で、企業も含めて多くの組織で最大の固定費である人件費と、文科省から配分される、使途の自由度の高い運営費交付金がクロスしかかっているからだ。国立大学の法人化以後およそ10年にわたって、運営費交付金が年間約1%ずつ削減されている。総額で10%程度削減されたことになる。また人件費についても退職教員のポスト補充中止、昇進停止、自動昇給中止、年俸制の導入、給与体系見直し、職員の削減と非正規職員の増加等が実施され、標準の研究費は多くの国立大学でいまも毎年削減が続いている。それでも運営費交付金削減に対応できなくなりつつあるので、いよいよ授業料値上げに踏み切らざるをえないということだ。文科省は国立大学の標準授業料の20%までの値上げを認めているので、今回ほぼその上限まで値上げしたということである。
だが、その効果は必ずしも効率的なものとは言い難そうだ。2018年10月25日付けの読売新聞朝刊は東京工業大の授業料値上げについて特集を組んで詳細を報じている。それによれば、「授業料値上げによる東工大の増収は年7億9000万円と見込まれ、学生の負担軽減策を差し引くと年約2億4000万円となる」ということである。授業料値上げ分の多くが学生の負担軽減策に割かれていることがわかる。直接的な大学の競争力向上に貢献する金額は、数百億円規模の東工大の年間予算を考慮すると必ずしも大きなインパクトとは言い難い。東京藝大についての詳細は報じられていないが、内容がほぼ同等であることから、大差ないものであろう。授業料値上げの負担軽減策は大規模な事務作業を生み出すとも予想できる。授業料の値上げが、実際にはどれだけ大学の競争力向上に貢献できるのかよくわからないとすれば、やるせない。据え置けるのであれば授業料を据え置いたほうがずっとよいだろう。来年は消費税増税も控えている。年額で従来と比べて約10万円の負担増は家計にとって嬉しいものではないことは自明である。
なお、政府や財務省からは研究費の総額は減っていないか、微増しているというメッセージがしばしば提示される。のみならず、さらに運営費交付金の柔軟運用をということさえ言われている。だが、よく知られているとおり、日本の労働法制のもとでは、柔軟な解雇や人事戦略は実現困難だ。これは大学のみならず、より市場に近い企業でさえ同様である。営利的性質の低い、つまり非営利組織である大学ならなおさら不安定財源で積極的に研究者や職員の雇用を行うというわけにはいかない。また補助金や期限付きの予算は厳格に使途が定められると同時に管理されており、とても大学のニーズにあわせた柔軟な活用はできない。大学は企業や営利法人ではない。そのことを思い出すべきだ。
実際、日本の大学の地位は全体で見れば、この間、世界のみならずアジアにおいても低下し続けている。家計収入は現役世代に限定してもほぼ横ばいで、学生の授業料の自己負担傾向も強まっている。国が国立大学の経営問題を国立大学の自己責任にして選択と集中政策を進めるしわよせはますます(将来の)学生と社会に向かいかねず、(国立)大学の競争力をも削ぎかねないものである。これまで「禁じ手」とされてきた授業料値上げに比較的余裕がある大学から踏み切ったことで、今後、より深刻な状況にある他の(とくに地方の)国立大学でも検討されていくものと考えて不思議はない。国立大学の状況と選択は大学人の一人として理解できるが、やはり社会や家計を考えると決して好ましいとは思えないのである。大学の世界的な競争力強化と学生負担の低減の両立のためには、古典的なヒモ付き補助金や文科省の強固な大学に対する規制の見直しと並行させた安定的財源の拡充か、せめて現状維持、削減停止が不可欠だ。
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