研究室情報【進学、研究生、共同研究等希望者等向け】

西田亮介研究室について (about Dr. Ryosuke NISHIDA's Lab.@titech)
東京工業大学環境・社会理工学院社会・人間科学系 社会・人間科学コース 西田亮介研究室の研究室情報です。 研究室(修士課程、博士課程)への進学、研究生の希望者は、よく読み、
原則として、十分な時間的余裕をもって事前に連絡し、 個別面談を受けて下さい(海外、遠方在住等の場合は要相談)。

(Japanese)

(English)

オンラインサロンを始めました。初月無料、社会人1500円/月、学生500円/月。平日毎日更新。週1選書。月1読書会。
「西田亮介の新書、文庫、雑誌で始めるリベラルアーツゼミ@Synapse」

2013年5月18日土曜日

ネット選挙解禁で、有権者にとって何が変わるのか?


すでに繰り返し報道されているように、今春公職選挙法の改正が行われ、2013年7月の参議院選挙から「ネット選挙」が解禁される運びとなった。日本の政治で「ネット選挙」が主題になったのが、1996年に当時の新党さきがけが旧自治省に問い合わせを行ったことがきっかけであるから、実に20年来の課題にひとつの結論が出たことになる。

とはいえ、今回解禁となったのは「ネット選挙」という語感から想像される、パソコンや携帯電話から投票する電子投票のことではない。正確には、「選挙運動において、インターネット・サービスの利用が(電子メールの利用やバナー広告の利用(の一部)などを除き)部分的に可能になる」ということである。日本の選挙制度では、特定の選挙における投票を呼びかけたりする「選挙運動」と、一般的な政治に関連する活動を意味する「政治活動」が区別されており、従来選挙運動にインターネット・サービスを用いることはできなかった。

詳細は拙著『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)でも述べたが簡潔に記しておくと、日本の選挙制度を規定している公職選挙法は、第2次世界大戦後の復旧・復興最中の1950年に生まれた法律である。当時、いまだ戦争の爪痕が色濃く残っており、物資が逼迫し、その価格は高騰していた。また戦後の混乱期に乗じた、贈収賄も懸念されていた。いわゆる金権政治に対する懸念である。そのような状況の下、公職選挙法は、財力がある者が、高価な紙を大量に買い占めて選挙で有利になったり、贈収賄を防止することが主眼に置かれていた。「ザル法」などと呼ばれる運用の実態はともかく、候補者が極力均等な条件のもとで、選挙運動を行うことを目的とした。選挙運動については、利用(「頒布」「掲示」)できる媒体の大きさ、枚数等を指定するという形式を取っている。

公職選挙法上、インターネットは過去の判例で『文書図画」(「ぶんしょとが」と読み、一般的な用語での「文書」よりもかなり広範な意匠や掲示物を含む)に当たるとされていたものの、改正以前は選挙運動に利用できる文書図画として指定されていなかった。そのため実態として候補者たちは、選挙運動において利用することができなかったのである。

このような改正以前の状況で一般有権者にとって重要な点は、あまり認知されていなかかったものの、公職選挙法の規制が候補者や政党のみならず一般有権者も対象としていたことにある。選挙運動期間中に、一般有権者がネット上で特定の候補者や政党の支持、あるいは反対等を表明することは合法とはいえなかった(※下記公職選挙法第146条参照のこと)。しかしながら、多くの一般有権者はネット上で公職選挙法の規制を意識することなく、このような書き込みを行なっていた。言い換えると、知らず知らずのうちに少なくない数の一般有権者が「違法状態」にあった点である。

(文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限)
第百四十六条  何人も、選挙運動の期間中は、著述、演芸等の広告その他いかなる名義をもつてするを問わず、第百四十二条又は第百四十三条の禁止を免れる行為として、公職の候補者の氏名若しくはシンボル・マーク、政党その他の政治団体の名称又は公職の候補者を推薦し、支持し若しくは反対する者の名を表示する文書図画を頒布し又は掲示することができない。
2  前項の規定の適用については、選挙運動の期間中、公職の候補者の氏名、政党その他の政治団体の名称又は公職の候補者の推薦届出者その他選挙運動に従事する者若しくは公職の候補者と同一戸籍内に在る者の氏名を表示した年賀状、寒中見舞状、暑中見舞状その他これに類似する挨拶状を当該公職の候補者の選挙区(選挙区がないときはその区域)内に頒布し又は掲示する行為は、第百四十二条又は第百四十三条の禁止を免れる行為とみなす。
したがって2013年のネット選挙解禁で、一般有権者にとってもっとも重要な点は、電子メール等の制限は残っているものの、このような「違法状態」が解消したことにある。たとえば選挙期間中にブログやTwitter、Facebookなどで候補者や政党の支持、反対等の意見表明が、晴れて合法になった。また発信者情報を明記すれば、特定の主張を行う候補者に投票しないことなどを呼びかける「落選運動」も行えるようになったのである。


ネット選挙解禁が鳴り物入りで、しかも20年近い歳月をかけて実現したわりには、メリットが少なく拍子抜けする方もいるかもしれない。しかし、これが今回のネット選挙解禁の現実である。ネット選挙解禁を求める過程では「ネット選挙解禁が選挙費用を引き下げる」という議論も頻繁に目にした。だが、現実に起きているのはまったく逆の動きである。解禁の決定以後、ネット選挙に関連するIT企業やPR企業の株価が高騰していることが示唆するように、ネット選挙の解禁が金権政治の防止に貢献するかといえば期待しにくい。

選挙が競争であり、インターネットの影響が未知数である以上、インターネットの利用が解禁となった以上、各候補者にとって解禁された場合、そのチャネルを利用しないという選択肢はありえない。インターネットのツールやサービス自体には無料のものも少なくないが、競争にもとづき差別化しようという圧力が働く環境のもとで高度な運用を行うためにはそれなりのコストがかかる。コンテンツを増やし、頻繁に更新を行うためには人手も必要である。ネット選挙解禁は、選挙や政治活動のコストの低減や金権政治の防止に寄与したとはとてもいえない。

しばしば「ネット選挙で若年世代の投票率が上がる」といわれたりもしている。しかし、2000年代前半における韓国でのネット選挙解禁においても、むしろ投票率は1990年代よりも下がったことが指摘されている。また2012年の大統領選挙で投票率が上がったといわれているが、たとえば『日本経済新聞』の報道などでは中高年、とりわけネットを駆使した中高年の投票率が高かったことが指摘されている。このように投票率は多様な変数が相互に影響を及ぼしており、ネット選挙解禁が単独で若年世代の投票率を押し上げるとはいえなさそうである。また過去の選挙における「ネット著名人」の立候補の結果は、参議院選挙の全国比例区でさえ芳しくない。これらを勘案すると、「ネット選挙解禁」単独での、参議院選挙への影響は大きいとはいえないのではないか、というのが筆者の考えである。

「12年12月の韓国大統領選、50歳代の投票率82%」『日本経済新聞』(http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1505E_V10C13A2FF2000/

このように現段階ではネット選挙解禁は何を実現するかが見えにくい「理念なき解禁」であったといわざるをえない。その政治的背景については、前掲拙著『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)で述べたが、インターネットメディアとの相性がよいとされる与党自民党が今回のネット選挙解禁を主導したことも少なからず影響している。やはり有権者からすると「違法状態」の解消以上に目を引くメリットは見えにくい。

しかし、あえていくつかのメリットを考えてみたい。まず第1に、今回の改正によって、インターネットメディアにかぎって、具体的な候補者名や政党名を入れた文書、動画の配信等が可能になるので、一般有権者の関心がもっとも政治に向く選挙運動期間に、従来のコンテンツよりも踏み込んだ内容のコンテンツを提供する事業者や組織、個人等が現れることは十分期待できる。いわば間接的なメリットだ。公職選挙法と、「不偏不党」を掲げる放送法により規制を受ける既存マスメディアは従来通り、放送時間の公平性に配慮した報道を行わなければならない状態が継続する一方で、政治や候補者に関する情報はインターネットを経由すると、より詳細なものが入手できるようになる。大手ポータルサイトや動画配信サイトなどで、このようなコンテンツを提供し始める可能性は高い(動画配信サイトなどは、放送法で定める放送事業者ではなく、またそのコンテンツは文書図画に該当する)。

第2に、少し長い視点に立ってみたい。今回の解禁で、国民、そして候補者の政治への関心が最も高まる選挙運動期間中の、インターネットメディアの利活用が、部分的にとはいえ、これまでよりは大幅な解禁となる。畢竟、これまで情報技術への関心が高かったとはいえない政治家らの理解と、関心が改善することが見込まれるといってよいだろう。日本の情報化に目を向けると、インターネットの普及率は高く(利用率の低い高齢者の人口ボリュームを加味するとなおさら)、インターネットの経済への貢献は少なくない。だが、大きく遅れをとっているのが政治、行政の分野である。電子政府、電子行政は最近でこそ話題になりはじめたものの、少なくとも一般有権者が意識できる、いわゆる窓口や納税等の場面への導入さえ一向に進んでいない。政治家や政党の情報技術の理解が進めば、これらの分野の改善が進むことが期待できる。実際、ネット選挙解禁を強く推進し、情報技術への感度が相対的に高い現政権は成長戦略への導入も図るなど積極的だ。

総じて2013年のネット選挙解禁は、先行した論点を具体化するに留まった「理念なき解禁」であったといわざるをえない。政党所属候補と無所属候補のあいだの公平性など深刻な問題も残っている。だが、これらの問題系の先には、情報技術を用いた民主主義の新たな可能性を模索する「デジタル・デモクラシー」、政府と民間の連携を通じた公共サービスの改善を目指す「オープンガバメント」、政府、地方政府保有情報の公開と利活用を促す「オープンデータ」など、ポジティブで豊かな可能性も広がっている。日本の選挙制度の根幹を支える公職選挙法はどのような価値観にもとづくべきなのか、既存メディアの利活用や従来型の選挙運動との整合性をどうするのか、これらの課題を検討しつつ、更なる情報と政治のあり方を展望することが求められている。

(先日、同名タイトルでYahoo!個人に掲載したエントリの(上)(下)をつなげたものです)